切通し(ななきりとおし)
鎌倉は鎌倉幕府が開かれた12世紀には、三方が山に囲まれ、一方が海に面している自然要塞の都市でした。当時鎌倉と外部との交通のためには山を切り開いて道路を造らなければなりませんでした。その道路のことを「切通し(きりとおし)」と言い、鎌倉と外部をつなぐ切通しが七つ、鎌倉内部を結ぶ切通しが一つ造られました。現在でも比較的当時の面影を残している切通しとして、朝比奈切通し、名越切通し、大仏坂切通し、釈迦堂切通しがあります。
また、旧鎌倉市街地周辺の村を結ぶための切り通しもいくつかありますが、近年の土地開発によってだんだんと消えて行ってしまっています。現代のような重機の無い時代に、先人たちが知恵を出して人力で掘り進めた切り通しは、歴史の残した造形美でもあります。